梅・即興曲
梅・即興曲
梅の花が咲いた。
早朝、まだ薄暗い庭先で、花盛りの小枝を切る。花切狭の音が響いて、梅の薄くれないが、ピンと張りつめた空気の中でほのかに光る。
ガラスの丸い花瓶に水を汲んで活ける。いい匂いだね。小さな花が並んで可愛い。こんなに梅の花が可憐だとは思わなかった。もう何十年も前から、祖母が植えたと言うこの紅梅は、家の庭で咲いていたというのに、部屋の中に活けたのは、初めてじゃないかな? 梅って外で眺めるものだと思っていたから、梅との関係がひとつ新しくなる。
花のあと、この木は実をつけるので、初夏のころ、実を採るために花枝をそのままにしてきたのだ。だんだん木が大きくなって、実をもぐために、上の方まで登るようになった。梅が伸ばした枝なりに、自分も体を沿わして手を伸ばす。緑の丸い実をふたつ、みっつと、手のひらで包み込むようにしてもぐ。そのとき梅の木と自分の間には、不思議な一体感が生まれる。いつもは何でもない傍らの木が、急に親しい存在になる。それで木から下りた時は、いつもちょっとハイになっている。
樹木はいつも、人とコンタクトを取りたがっていると言う。「あなたの心を優しく包むために、私たちはここに立っているんですよ」と、樹木の声なき声が言う。だから木のそばに行くと、なんだか安心するんだね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
花瓶に生けた梅の花を、テーブルの上に置く。清涼感のある梅の香りには、ほんの少し苦みが混ざっている。この苦みが、梅の凛としているゆえん。ようこそ私の部屋へ。枝のてっぺんには、つぼみが一つ二つ。きっと明日には開くなぁ。
花瓶に生けるには、ちょっと短い小枝たち、どうしようか? 小さな花束? 梅のブーケなんて見たことないけど、薄紙にくるんで束ねてみる。仕上げにつぼみを支える咢色の紐で、小さく蝶結びにする。おっ、プチギフトの出来上がり。うん、プレゼントしよう。
ブーケを持って外へ出た途端、ホーホケキョの声を聞く。あ、これで二度目。角の菜園、あそこの老梅にウグイスがきているのだ。この前より歌が上手くなっている。今度、うちにも来てよねと、あてずっぽうに話かけて、私はブーケを届けに歩き出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夜、梅の花はテーブルの上で、朝と変わらない香りを放ちながら、花粉をぱらぱらと落としている。空には上限の月。木に咲く花は、昼夜を通して咲き続けるから、花の精は休むことなく今も、働いている。私が届けたあの小さなブーケの中でも。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ブーケのゆくえは、また今度。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
この記事へのコメントはありません。