ミツバチのささやき
ミツバチのささやき
祖母が亡くなったのは、2月14日だった。私は2月いっぱいを熱狂の中で過ごした。仕事をみっつ抱えていたせいもあるけれど、あれも一種、天国からのエールだったのかも知れない。
つづく3月を放心状態で過ごし、4月になると深々と寂しさが来た。その寂しさのフィルターの中で、銀座で個展をした。当時の私は全く自分の思い通りではないことばかりしていた。だから個展の出品作も付け焼刃みたいなもので、最悪だった。その雪辱に耐える修行のような生活だったかも知れない。
個展会場から帰宅する夜道を歩いていると、空に大きな満月がかかっていた。満月はいつになく優し気な桃色の光を放っていた。私の心は全く弱っていたのだ。そうして薔薇の中から薔薇が咲いたのを見終わると、5月の庭は花盛りだった。眺めが美しいほど、私の心は悲しくなった。そうして6月に、沙羅の花が咲いたのだった。
祖母が玄関先に双樹で植えた思い出の樹。早朝、地面に落ちた小さな白い花を箒で掃いていると、ミツバチの羽音が聞こえてきた。当時はミツバチが行方不明ということもなかったので、今年も沙羅の花にはミツバチが来ているのだと、思っていた。
夜明けの清い空気の中で、ミツバチたちは懸命に蜜を集めていた。その静かな羽音に耳を澄ますと、果樹の実る楽園(天国)の気配を、確かに感じた。ああ、全てはひとつだ。みんな一致して、神とつながっているのが本当だと思われて、私は箒にもたれて、しばしミツバチの羽音に聞き入っていた。言葉によらず、物によらず、なぜか私は慰められていた。
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